梶谷 耕太郎
昭和41年11月26日生まれ。
愛知県名古屋市熱田区、床屋(現在では美容室8店舗)を営む両親の下に生まれる。
大学を卒業し、家業を継ぐ為に横浜の美容室に修行に出る。スタイリストになってからも手荒れは続き辛い毎日を過ごす。
横浜の修行期間10年を経て名古屋に帰って実家のサロンワークに入るが、やはり手荒れの問題は解決されませんでした。
実家に帰り翌年めでたく嫁さんを迎えることが出来た。
が、しかし、結婚から5年目、嫁さんに甲状腺機能亢進の病気が発病。 その半年後、高熱のため病院に駆け込んだ所、
膠原病が確認された、
結婚前からの慢性腎炎と合わせ3つの不治の病に掛かってしまう。正直、どうなってしまうのか
全く想像はつかない状態となりました。
それから、病気のことを知る為に勉強が始まりました。勉強をし始めた頃、自分の身体にも異変が起こり始めたのです。
よく「めまい」を起すようになってきました。全く「めまい」については自覚がなくスタッフに、「おい!地震、地震、」
と騒いでは、スタッフに何も揺れてないですよと言われました。「へっ!揺れとらん???」
不思議に思いながら、毎日を過ごしていました。
嫁さんの病気を知る為に免疫学を学び、アレルギーのことを学んでいくと、自分もアレルギーの兆候で、特にアナフィラキシーの
可能性があることが分かってきました。 特に、このままでは命に関わる状態であることがわかったのです。
だからどうする、どうしようも有りません。しばらくは騙しだまし仕事を続けました。
だんだんと顔にも浮腫みが出るようになり、お客様が気にされ訊ねてくれました。
今こんな状態ですと話をすると、実はお客様も化学物質過敏症であると告白されました。
お客様は辛いけど仕事柄染めない訳には行かない、でも染めた後は3日は仕事を休んで、寝込んでしまうそうです。
そんなにひどいことがあるのかと正直ビックリしたのと、いつかは自分もそうなる運命だと覚悟しました。
そこからが今の理学美容につながる大きな転機だったのです。
ここからが理学美容の本格的な勉強の始まりです。